03志津川ダイビングの最近のブログ記事
2010年3月11日
2010年3月10日
ベルッセラ・カリフォルニカ Berthella californica
とても珍しいウミウシを見せていただいた。
グラントスカルピンの佐藤長明さん曰く、「北米のカナダからアラスカ、アリューシャンにかけて生息するウミウシで、クチバシカジカと同じような生息域である。この事は、クチバシカジカやベルッセラ・カリフォルニカが、貿易船のバラスト水のような人為的な理由によって展開されたという事も考えられなくはないのだが、むしろ、太古の昔には三陸海岸と北米地域は陸続きであって、大陸移動説が示すプレートテクトニクス説の一つの証拠ではなかろうか・・・。」
なるほど、流石に海洋生物に関する数々の論文を執筆した経験を持つ方の意見は、説得力がある。
このベルッセラ・カリフォルニカ Berthella californicaというウミウシ。ウミウシ図鑑.comでは、志津川だけの発見にとどまっているのもその裏付けになっているのかもしれない。
体長が5cmから大きいものは10cmを超えるであろう大型のウミウシ。
ラドマン先生の「Sea Slug Forum」では、朝鮮半島、ブリティッシュコロンビア、ロシアからの報告もあるようだ。
プレートテクトニクス説に益々興味を持つようになった。
カミクラゲと寄生生物 Spirocodon saltator
大津波が志津川を襲う前日、大量のカミクラゲとアミの大群が志津川湾に流入してきたという。
それがどういう意味をもたらすのか、いや、何も意味がない単なる偶然なのかは、誰にも分からない。
この日は、そんな話を思い出しながら、ごく少数、海中に漂っているカミクラゲを追っていた。
強いうねりと、巻きあがる砂で、思うようなカットが撮影できないまま時間が浪費されていく。
カミクラゲを見つけるだけでも大変なのに、きれいに触手を伸ばしている個体が見つからない。
カミクラゲ(髪水母)は日本の太平洋岸の湾内に生息している日本固有種のクラゲの一種だ。
ちょうど写真に白く写っている放射管がとてもきれいだ。
カミクラゲの名前は、多数の長い触手の棚引く様子が髪の毛を思わせることからこの名がついたという。
この触手の根元にある赤いものは、眼点と言われ、そこで光を感じ取ることができる。
カミクラゲを斜め下から見上げると、とても艶めかしく、美しい。
そんな事を思いながら、クラゲと一緒に流されながら写真を撮っていた。
いったい、これは何だろう。
カミクラゲの身体に付着する生物を見つけた。
寄生する生物なのだろうか。
足なのか、腕なのか不明な突起の先に鉤爪のようなものがあるのだろうか。
喰い込むわけでもなく、しかし、しっかりと張り付いている。
名前を調べたくてもその方法が分からない。
カミクラゲが日本固有のクラゲであることから考えても、それほど珍しい生物ではなかろう。
しかし、それにしても、奇妙な形をした生物だ。
宇宙貨物船ノストロモ号に潜入したエイリアンを思い出した。
「In Space, No One Can Hear You Scream.」
・・・宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない。
・・・海の中でもきっと聞こえないことだろう。
2010年3月 9日
ヒメフタスジカジカ Icelinus japonicus の卵
5年ほど前志津川の海は、磯焼けしたのだそうだ。
磯焼けというのは、海流の変化、水温変化、水質、食害、その他の原因が複雑に関連して、結果的に一帯の海藻が絶滅に近い打撃を受けることを指す。磯焼けになると周囲の生態系は大打撃を受け、ある特定の生物(例えばウニなど)だけが大量発生し、他の生物が全く住めなくなってしまう状況になる。志津川の場合は、何かの理由でウニが大量発生し、ウニがカジメやワカメなどの海藻の芽をすべて食いつくしてしまうことが磯焼けの直接的な原因を作っていたそうだ。
グラントスカルピンの佐藤長明氏によれば、毎日、ひたすらに海に行き、異常に大量発生したウニを駆除することで、磯焼けで死にかけた志津川の海を復活させたのだという。
写真はヒメフタスジカジカの卵である。通常は、フジツボの貝殻の中や岩礁の隙間などに産みつけられるのだが、この卵は都合よくも撮影しやすい平らな岩の陰に産みつけられていた。
ピンクやオレンジ、ブルーなど極彩色でありながら、なにか宝石を見ているような気高さを感じる。よく見ると既に稚魚の形が見えているものもある。この美しい色合いを見ると、芳醇という一言では語りつくせない、海の奥深さを感じさせる。
2010年3月 7日
Grant Sculpin クチバシカジカのハッチアウト
2010年2月28日。
南米チリの大地震によって発生した津波が日本沿岸を襲った。
ここ、宮城県南三陸町志津川では、1896年の明治三陸大津波、1933年の昭和三陸大津波、1960年のチリ地震津波により大きな被害を受けており、他の地域より津波に対する警戒心と恐怖心はひときわ強い。そのため志津川駅前には、1960年のチリ地震の時の津波がどの高さまで達したかを示すモニュメントが置かれているほどだ。また志津川の沿岸部には防波堤、防潮堤や水門等が設置されており、町ぐるみで津波に対しての防衛を行っている。この日、南三陸町のシンボルでもあるクチバシカジカのハッチアウト(孵化)を撮影しようと、腕に自信のある水中撮影マニアが前日の2月27日から志津川に集まっていた。27日は水中写真家の中村宏治さん、阿部秀樹さん、グラントスカルピン 佐藤長明さんによる、南三陸町水中写真コンテストの授賞式があったので、なおのことである。
僕の場合は、前回の志津川でのダイビングでクチバシカジカのオスが抱卵する姿をみて、是非、孵化する瞬間も見てみたいと思い、志津川への遠征を計画していたのだった。前回、この志津川でクチバシカジカを見たのは、2010年1月10日である。その時に撮影した写真がこれである。クチバシカジカは、雌が産卵した後、孵化するまでの約70日間、雄が抱卵し卵の安全を見守る。2009年の年末ごろから産卵が始まったので、ちょうどこの2月の最終週と3月の第一週が70日目にあたり、孵化のピークであろうと予測していたのである。
待ちに待った、その日に、大津波がやってきたのである。
大津波警報が発令され、港は封鎖。町民は一斉に避難をすることになった。もちろん我々も例外ではなく、クチバシカジカに会うこともかなわないまま、避難することになったのである。しかし、このまま諦めることもできず、牡蠣の養殖棚の被害がおさまらない一週間後の志津川に再びやってきたのであった。
3月6日(土曜日)。
数日前からの大雨で、志津川の湾内は真茶色に濁っていた。うねりもありそうだ。いやいや、先週は津波で一本も潜れなかったのだ。濁りやうねりなど問題ではない。とにかく、その瞬間を目にするためなら、7度を切る水温でも全く気にならない。グラントスカルピン主宰の佐藤長明さんが話しかけてきた。「先週の約束を今日は絶対果たしますよ・・・」。すごい。さすがである。心配を振り払うように笑いながら僕らはボートに乗り込んだ。
そして、ドラマは既に始まっていた。
何人ものダイバーが、寄り添ってこの瞬間を待っていた。
真っ白な乳白色の卵が、半透明に輝きだし、稚魚の目が見えると孵化寸前の状態になる。
稚魚たちは、身体をくねらせながら、薄い膜を破り、海中へと飛び出していく。
思ったよりも凄く早い。
ピントを合わせるのは至難の業である。
また一匹、飛び出してきた。
父親が胸鰭を使って水流を卵にかけると、その勢いに乗って飛び出してくる。
にゅ~~~・・・ピュ!
という感じだ。
思わず「すげ~!」と叫んでしまった。
11年間志津川に通って、ようやく見ることができたという方もいらしたが、それほどの貴重なシーン。
拍手喝采である。
この親子は、あの大津波にも負けず、この日を迎えたのである。
感動的な瞬間であった。
2010年1月17日
セイタカハナズトガイの交接 Velutina conica
冬の東北の海。
芳醇の海という言葉がまさに似つかわしい、命の海。
運悪く、連日の強風のためウネリと濁りが残った志津川の海は、真っ暗で緑色をした冷たい海だった。
水温7度という状況で、しかも前を泳ぐダイバーのフィンすら見えない透視度で、いったい生物が発見できるのだろうかという不安感。
フードから露出している頬とあごの部分は、既に冷水にさらされピリッと緊張したまで痛みすらなく、感覚が麻痺してくる。
不思議と呼吸は穏やかに保つことができ、自分はきっと冷たい海に向いている体なのかなと考えた。
宮城県南三陸町のダイビングサービスといえば、唯一無二で日本全国に名を轟かせる「グラントスカルピン」である。彼の独特のガイディングスタイルは、お客を迎えるサービス精神の塊から生み出てきたものだと思える。
まず一般ダイバーがこの志津川の海に始めて潜ったところで、何も発見することはできないだろう。
毎週のようにミリ単位のウミウシを探している私でさえも、一人で潜ったら、まず間違いなく撃沈。
良くて岩の隙間にいる小さなヤドカリを発見することができるくらいであろうか。
そう、この志津川で生きる生物たちは、伊豆やその他の地域の生物とはちょっと違った場所にいる。
オーバーハングした岩の下側、しかもフジツボの貝殻の中だったり、岩と岩の隙間・・・しかもある特定の水深の一帯だけであったり、蔽い茂る海草の根元や茎の部分であったり・・・。
グラントスカルピンを主催する佐藤長明氏は、志津川の海を調査し続けている。
もはやそのガイディングの凄さは、他の追随を許すことないのに調査活動と生物の研究、ダイビング機材の研究に明け暮れているのだ。
この日、我々がクチバシカジカの抱卵に釘付けになっている間にも、次々と被写体を発見する。
数分前に自分自身で探してなにもいないなぁと通り過ぎた場所でさえ、見事に大物を発見するのである。
セイタカハナズトガイという貝の名前すら知らなかった。
暗く冷たく濁った海の底で、美しく鮮烈に光り輝く命の粒を見たようだった。
セイタカハナズトガイの交接 Velutina conica
1cmほどの巻貝の一種であるという。この写真は透明な巻貝の雰囲気が出せるように、若干、トーンを押さえ気味にしているけれど、実際に海の底で岩の隙間でこの巻貝を見たときには、まさに生きる宝石を見つけたかのような感動を覚えた。
怪しく艶かしく光る腹足を絡ませあう交接シーンは、生きる力のまぶしさを見るようなエネルギーを感じ、冷たいはずの海がなぜかほのかにあたたかく感じられるほどの説得力がある。
彼らの世界観というものはいったいどんな世界なのだろう。
眼でものを見て判断することがない彼らは、僅かな臭いで(実際には臭いをかぐというより本能で体感すると言うべきか・・・)世界を感じている。
人間には到底真似ができない、僅かな変化を感じ取り、自分のパートナーをこの広い海から見つけ出す能力を持っている。
そのパートナーとの出会い、その事そのものが奇跡といっても過言ではない。
だからそんな奇跡の中で命の絆を紡いでいく彼らは、愛情というものが存在しない。意味がないのだ。
なぜなら、生きていることそのものが「アガペー」 αγάπη agápē であるからなのだから。
海の底で光る、この宝石を眺めているうちに、真理のひとつを悟ったような気持ちになった。
2010年1月16日
イソウミウシ属の一種 Rostanga sp.
志津川の海で発見できるウミウシはちょっと面白い。
どう面白いかというと、なぜか皆、大型なのである。
小型のウミウシが見つけられないでいるだけなのだと思うのだが、発見できるウミウシは小さくても4cm。
大きいものでは10cm近いものも見る。
このイソウミウシの一種は、キイロクシエラウミウシではないかと思ったのだが、どうだろう?
キイロクシエラウミウシもこの写真のように被覆状カイメンを捕食するのだが、名前の通りの櫛状の鰓がこの固体には見られない。
なので、同じドーリス系のウミウシの仲間で、イソウミウシが一番近いのではないかと思った。
このウミウシも志津川の芳醇な海で育って、4cm近くの大型であった。
2010年1月15日
スナビクニン Liparis punctulatus
クサウオの仲間、スナビクニンである。
ビクニンとは「比丘尼」の事を指すのであろうか?
比丘尼とは仏教用語で女性の出家修行者のことを指す。
東北の冷たい海の底で、比丘尼に会うというのはなんとも意味深ではなかろうか。
ちなみにこのスナビクニン。
小さな頃はとてもかわいいのだが、成長するにつれて色合いが濃くなり、クサウオらしい凄みが出てくる。
幼魚の頃は、透明でさらに可愛らしいのだという。
今年の春には、是非、出家したての比丘尼様にお会いしたい。
2010年1月14日
フサギンポの抱卵とケムシカジカの卵 Chirolophis japonicus
宮城県南三陸町志津川では、フサギンポ(Chirolophis japonicus)を観察することができる。オオカミウオほどではないけれど、頭でっかちで大きな顔面は、強烈なインパクト。
このフサギンポが抱卵しているというので早速観察してみた。水深18mくらいの水底にある岩礁帯の窪みに彼は巣穴を設けていた。体長が30cmから大きいものでは1mを超えるものまでいるが、この固体は40cmほどの中型のもののようだ。卵がどこにあるのか探してみると、なんと岩の隙間からさらに20cmほど奥まった岩盤の壁に産みつけられている。
フサギンポの顔の大きさから判断すると、卵の大きさは直径が1cm以上あるのではないだろうか。とても大きい。アイナメやクジメの卵が数ミリという大きさだったから、この大きさは只者ではない。胸鰭を大きく広げて、卵を守っている様子だ。たまに胸鰭を仰いで新鮮な海水を卵にかける姿がほほえましい。
トリミングして拡大してみた。もう幼魚の眼が見えている。この小さな子供たちが大きく育ってくれることを祈りたい。
ケムシカジカの卵
こちらは、ケムシカジカの卵。先ほどのフサギンポの巣穴近くの岩礁帯に産みつけられているのだが、フサギンポが水底近くの巣穴に産まれているのに対し、このケムシカジカの場合は、同じ岩礁帯でも水底から1m以上も上で、しかもオーバーハングした出っ張りの隙間奥に産み付けられていた。
ケムシカジカは、やはり大型になるカジカの仲間で、フサギンポ以上に顔がごつい。普段生息している場所は水深100mより深い場所と考えられているが、産卵のためにこんな浅場まで上がってくるのだ。卵の量があまり多くないのではと思うのだが、ひょっとしたら数箇所に分かれて産卵しているのだろうか。だとしたら、雌雄が何度も放精~産卵していることになり、産卵現場を目撃することもあるかもしれない。しかし、これまでその現場が撮影されていないということは、夜間に行われている可能性が高いのではないだろうか。一度、観察してみたいものである。
2010年1月13日
ダンゴウオ Lethotremus awae
宮城県南三陸町志津川の海。
クチバシカジカの生息が国内で唯一確認されている貴重な海である。その志津川は、カムチャッカ半島から流れ下る親潮(千島海流)と南太平洋から上ってくる黒潮が混ざり合い、芳醇な環境が生み出される特殊な海域にある。だから志津川の湾内は牡蠣の養殖がとても盛んに行われており、秋には志津川市内の川にたくさんのシロザケが遡上してくる。
その志津川で、初めてで唯一のダイビングサービスを運営しているのが「グラントスカルピン」である。このグラントスカルピンさんの店名にもあるようにクチバシカジカが観察できるという口コミで一気にその名を全国に轟かせることになったのだが、実はさらにこの地を有名にしているのがダンゴウオなのである。
上の写真は、正真正銘のダンゴウオである。ダンゴウオの体色と体表の突起の変化は数日でがらっと変わってしまうほど、ドラスティックだそうだ。生活環境や水温、周囲の海草やカイメンなどに真似て、体色を自由に変化させることができる、忍者のような魚だ。
小さいということも理由の一つだが、このダンゴウオをうまく撮影するのが、これが結構難しい。その可愛らしい表情がなかなか表現できないのだ。特にこのピンクのダンゴウオは、唇が紫色で、間違うといじけた様な寂しい顔になってしまう。この日も何度もストロボをたいて、体色に色合いを出そうと試みていた。というのも、先日、大瀬崎でのハナダイ撮影で気がついたのだが、全ての魚がではないけれど、一部の魚はストロボをたくさん浴びせると、どうも興奮するのか体色が良くなってくるように感じられるのだ。体色に明るさが出てきたころ、ふっと口元が緩む瞬間があった。その瞬間に撮影したのがこのワンカット。ちょっとまだ、表情が硬いよね。
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