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2010年1月21日

大瀬崎の神秘 癒しのパワースポット

 

 

 

 

 

 

大瀬崎から見た駿河湾の夕陽

 

 

 

大瀬崎で週末を過ごすときには、いつも駿河湾の夕陽を見に行く。

冬の大瀬崎では、サンセットタイムにはほとんど人影がない。

しかし、毎日がこんなに劇的なのだとしたら、都会での生活はいったい何なのだろうかと疑問に思うほどの美しい夕陽を見ることができる。

 

静かに、しかし冷たい空気を緊張感でいっぱいにしながら太陽が沈んでいく。

いや、沈んでいくと言うよりも、むしろ海を真っ赤に染めながら溶け込んでいくと言ったほうが良かろう。

 

一瞬たりとも眼が離せない。

たったの数分間なのだけれど、その時間は、とても長く感じられる。

遠い水平線には蜃気楼が現れ、御前崎の先端が浮島のように浮遊してくる。

真っ赤な太陽は、光り輝くマントを翻し、伏せ入るかのように海と一体化していくのだ。

 

 

夕暮れの大瀬崎とイカ釣り船 

こんな劇的な数分間を味わうことができるのであれば、人々がこの大瀬崎を「神秘のスピリチュアル・パワースポット」と呼んだとしても不思議はあるまい。どんなに名高い聖人であっても、この数分間の出来事を凌駕するような悟りは与えられまい。いや、それどころかどんなに人生に疲弊した人でも、この数分間を経験することができれば、その後に襲い掛かる闇の恐怖が自らの不幸など、これほどのものであったかと脱却することができるほどの体験ができるに違いない。

 

太古の昔から、自然が人類に与えてきたエネルギーとは実はそういうものなのだ。

 

自らの立ち位置を振り返らせ、省みさせる。そしてどんなに疲れきった心であろうとも、夜の恐怖というものは普遍であるという事実をつきつけ、生あるものはその恐怖には決して打ち勝つことができないという、絶対的な負の力を知らしめるのだ。その恐怖を知ることができた人間は、毎日の社会生活で身の回りに起きる事象が、いかに些細なことであるのか、また、些細であるがゆえに経験し、乗り越えていかなくてはならない、そうしなければ、数時間後には必ずや訪れることが約束された、朝の旭日を拝むことはありえないのだと知ることができるのである。

 

神とはそういう存在なのである。

そう、この地には、間違いなく神が宿っているのである。

 

 

 

 

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コメント(2)

きれいな夕陽ですね!
冬の夕暮れ時は色がクリアで大好きです。

ウミウシを始め、海中生物のきれいな写真たちにいつも癒されています!
これからのウミウシシーズンがまた楽しみですねぇ!

BOBさん>

こんばんは!
駿河湾の夕陽が大好きなんです。
ナイトダイビング前のちょっとした楽しみなんですよ。

今週は明鐘でウミウシ探索です!
是非、今度もぐりに行きましょう~~~!

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